ヘルシンキ中央駅から西、鉄道で30分くらい。Hvittraskへ向かう。
サーリネン父が若き頃、ほか2名の建築家とアトリエを構え、住んだところ。Vittraskとは古いフィンランド語で「白い湖」という意味らしい。ロケーションは静かな湖のそば、まあ素晴らしいところ。
サーリネン父が若き頃、ほか2名の建築家とアトリエを構え、住んだところ。Vittraskとは古いフィンランド語で「白い湖」という意味らしい。ロケーションは静かな湖のそば、まあ素晴らしいところ。

日が沈むころ、太陽高度の低い西陽にファサードともども、このロシア正教会の尖塔の頂部が黄金色に輝いている。本当に美しい。昼間には過剰な黄金色、下品な(失礼)装飾に見えるのだが、この時期の西陽に照らされている姿が本来の意図ではないかと思う。この写真では伝えきれていないが、頂部にこの黄金色の化粧ドームが載せられている意味が良くわかった。帝政ロシア期の数多くのファサードに黄金色の装飾が付くのは、短い夏の西陽に照らされるファサードの美しさを求めたのではないかとさえ考える。このヘルシンキのウスペンスキー大聖堂は東欧にいくつかある正教会orthodox churchとは異なり、レンガ造をファサードにあらわした大聖堂である。その理由がなぜかは知らない。ただ、建立が19世紀であることを考えると、当時の大英帝国の様式/流行の影響かとも思う。
事実、この周辺には、修復、保存、維持も行き届いた多くのレンガ造の建物が今も立派にあり、当時の貿易、経済のエネルギーを引き受けた場所であったことがよくわかる。教会といえども一種の文化移入であり、ことさら本国の意匠を引き受けるほどの帰依がなかったのだろう、と考える。強大なロシア帝国の隣国として長い間ふんばったフィンランドの歴史をもう少し知りたいと思う。
足元の数層のレンガ造建物は往年は商館や倉庫として使われたのだろうか、今はハーバー前のウォーターフロント空間として、いくつかのカフェやレストランとして使われていた。
秋田には今も白井の建築がいくつか残されている。東京に住んでいた時期に行きそびれたままだったので、数年前の雪の少ない冬の終わりに、秋田を巡ることとなった。 四同舎。名前の由来は不勉強ゆえ知らない。 白井晟一の作品群の中でも、どちらかといえば扱いの少ないものの一つと思う。現代的に言え...