芦屋川河口にて
Rose is a rose is a rose is a rose 想うこと と/を 建築すること
20260522
東北の造り酒屋
両関酒造 湯沢_秋田
20260410
旧香川県立体育館
民間法人が所有する不動産なら、土地+建物を有効に資産運用できているか、などと下世話なことにもなる。だから、前川さんの東京海上は今解体中なのだけれど、譲って譲って、致し方ないのだとあきらめることにした。
けれど、この体育館は公共の資産であって、そんな採算性を持ち込むのはそもそもお門違いではないか。
かつてはこんなことも出来たのだと示唆する時代の証人であるのに。未来の建築家に向けて残すべき独自性を持った、二度と手には入らない、大きな資産であるのに。
ホテルにコンバートする、などと聞いていた。独特な内部空間であるから、どんなふうに生まれ変わるのだろうかと大きく期待したが、結局、本日から解体に入るらしい。
Cool Japan ていったいなに??
20260304
四同舎_白井
秋田には今も白井の建築がいくつか残されている。東京に住んでいた時期に行きそびれたままだったので、数年前の雪の少ない冬の終わりに、秋田を巡ることとなった。
四同舎。名前の由来は不勉強ゆえ知らない。
白井晟一の作品群の中でも、どちらかといえば扱いの少ないものの一つと思う。現代的に言えば、計画平面や断面にこれといった際立ったコンセプトは見受けられない。けれど、いわゆる”調子”がある、白井らしい”調子”は確かにある。ただ、悲しいかな、白井らしいモチフは散見されどまとまった何かを感じるほどの強さがなく、極まっていない。
RC造を木造真壁の構成で造るなんぞ、一昔前の日本の建築家なら必ず一度は手法として取り上げたと思うが、今は”流行らない”のだな。
ひどく壊れているところもあるけれど、何かどこか懐かしかった。
白井の”調子”そのものが懐かしいのか、それとも”調子”を味わうような建築であったからなのか。今は、”調子”を味わえる建築なんて、あんまり作られていないからだろう。
20260124
20260111
海から開かれた集落_上五島
上五島の焼崎というこの小さな集落にたどり着くには、道路端に小さな落石がそこかしこにばらまかれたような、幅員に余裕のない曲がりくねった山道をレンタカーで延々と走る。離合に手間取るような狭い道だが、一時間以上走る間にすれ違うのはせいぜい数台。
この小さな集落は今でこそクルマで訪ねることができるが、以前は船が唯一の交通手段であって、船でしか行き来できなかった、五島列島に散在するそんな集落のひとつ。
喧騒から離れに離れた、私にとっては夢のなかにだけ存在するような場所。とても静かできれいな湾。
神戸から長崎へ飛んで、バスで佐世保へ向かい、そこからフェリーで上五島。そして、その翌日にレンタカーを借りてやっとのことたどりつく。こんなにも遠いところなのだけれど、ここの静かな海を思い出すと、またいつか、と呼ばれているような気さえする。
20251115
沖縄石川の角突き 秋の全島闘牛大会
20250614
20250607
石垣島の美崎御嶽
沖縄本島や先島諸島にある御嶽とは、何かが空から降りてきそうな、そんな何かを静かに待つ、お迎えする場所なのだと私は思っている。ちょっとオカルトっぽいけれど。
離島にあるような今も”生きている”御嶽は少し入りにくい小径の先を少し進んで、森の中のぽかんと開けた場所なんかである場合が多い。そこは、人工的な何かに囲われているわけではないのに静かで、気持ちがゆっくりと落ち着いていくのがわかるようなそんな場所。
けれど、この美崎御嶽はその名称から窺えるように、 石垣島の市街地の離島ターミナルや飲み屋街からそれほど離れておらず周囲を住宅に囲まれていて、注意して耳を澄ますと、バイクの音や生活音さえ聞こえる。けれどしばらくいると、聞こえてこなくなる。正確には意識に上らなくなるというべきか。
元来の御嶽には、いわゆる建物、お社は無いが、この美崎御嶽には(ヤマトから)輸入された記号ともいうべき鳥居やお社があるのだが、それにもかかわらず、俗界に染まりすぎることなく、ずっと昔から何かを迎えるためのこんなに静かな場所だったろうな、と感じることができる。
この社の中央の開口を通してその奥を覗くと、ほの暗い森が垣間見え、その樹木の葉に光が当たっていて、目を凝らす。
いま私はどこを見ているのか、いや何を見ようとしているのか、と自問する。
20250409
男鹿半島_赤神神社五社堂
20250205
札幌のA・レーモンドの教会
20250127
図らずもスタイリッシュに
小樽の市街地の建物群_あえて「建物」と書く
魅せようと特に意匠を凝らしたわけではないだろう。
けれど...なかなか味わい深いのだ。
もう要らなくなった、あるいは老朽化した部分を除却して、その何かがくっついていた箇所をごく普通のやり方で補修した。
小樽は冬寒いから、熱損失の大きい窓はできるだけ少なくした。
道路正面を増築する際に、2階へ向かう屋外階段や廊下部分もまた室内化したのではないだろうか。その際に、屋根は勾配で納めて、外壁は少しだけ桜色に。その結果、動きがあるようなファサードになった。
地方都市の地場の無名の建物を見ながらぶらぶら歩くのは、いつもいろいろ発見できて、いつも楽しい。
20250124
玉山拓郎:FLOOR
リヒターの展覧会を披露するくらいだから、一定のレヴェルが確保されたコンテンポラリーを観れるのだと期待して伺ったのだが...10分も居れなかった。
美術館の公式webでの紹介はこれ。
https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/tamayama_takuro
帰路の途中、どこだったかのライブハウスで、ジャズのセッションと銘打って、だらだらとしょうもない即興を聞かされたのを思い出した。こんなもの聞かせるな、耳が腐るんだよ!
20241226
20241221
博物館のイヨマンテ
アイヌ民族博物館に置かれたイヨマンテの熊。博物館の室内はなんだか落ち着きのないワンルーム型の展示室で、どう撮っても写真がmessy...
けれども、今にもこの熊が動きそうなほどのリアルな再現でした。
ところで、この熊、正式なイヨマンテの儀式をされてからはく製になったんだよな。ちゃんと魂を送ってから残された身体をはく製にしたんだよな、そうだよな?そうでないと浮かばれないよ。
20241220
20241219
瑞龍寺
山門をくぐった途端に、「空間」と呼んでいいような指向性をちゃんと感じる、そんな境内。その境内の中央の軸線にさらに境内中央の仏殿とその背後の法堂。このシンメトリーの軸線に載るこれら三棟はすべて国宝。その中でもこの仏殿は特段に完成度が高い。
その内部は禅宗様での斗栱と持ち送り、虹梁で構成されていて、均整がとれており、余計なけれんみなどは微塵もなく、見事である。
まったく指向が異なるものではあるけれど、ミケランジェロのラウレンツィアーナの階段を想いだした。それほどに、濃密な場所。
こんなに素晴らしいとは、知らなかった。
20241120
千歳川の遡上途中の鮭
新千歳空港に近い水族館。その地階からアクリル板越しに千歳川の水面下を眺められる。
秋に必ずやってくる、鮭の遡上。
少し奇妙に言い換えることを許してもらえれば、良質なたんぱく質が大群で我先に先を争って押し寄せてくることだと言える。上代からそれはそれは歓喜をもたらしたことだったろう。穀物がどんなに不作でも必ず彼らはやってくるのだから。
秋田や新潟で、鮭の供養塔や卒塔婆を見たことを思い出す。
20241013
Francis Bacon_富山にて
富山県立美術館所蔵の__Francis Bacon
Baconに関する本やwebをたくさん見て、ずっと実物を見たかったけれど、初めて見れた。
画面の中で完成された、われわれの日常のすぐそばにありそうだけれど、ある別の異なる規則で統整された世界__閉じていて__けれどこちらと繋がっている。
眺めていて、飽きない。ものすごく面白い。
2枚目はこの絵の一部分で、これらの文字は今はもう使われない、いわゆるインレタでしょう?
Baconは身の回りにある様々なものを彼の画面に定着させたと聞いていました。
いつかどこかで、他のBaconを見たい。
いつできるだろう。
20241010
大瀧神社_越前バロック
この大瀧神社の創始は推古天皇の時代であるそうだが、19世紀の天保期に改築され、今となっては日本一複雑な屋根を有する神社だと言う。
差し詰め、越前バロックか。
20240909
函館の擬洋風_キマイラ
20240903
ロスコルーム_どこへ
千葉県佐倉市の川村記念美術館。縮小移転あるいは事業閉鎖と発表。いくつかの海外メディアも心配の模様。
でも私は、売却されるだろうと予想しています。
今年中に最後の再訪をするつもりなのですが...寂しい。
今日、和歌山県立近代美術館へ別の展覧会に行ったら、いくつかの収蔵品をある文脈でまとめて、展覧...そのなかに、運よくというか、ロスコがひとつありました。
ただ、佐倉のロスコルームほどには繊細にコントロールされていない展示室だからなんとも...
川村記念美術館のロスコルームが、ロスコ作品への特別な敬意とそれを具体化する特別な空間をきちんと実現しているのだと改めて認識した次第。
20240829
鳥取智頭町...山が下りてきた...
鳥取智頭町の石谷家住宅。江戸期から様々な事業を成した大地主の邸宅。
東北で見かける豪農家屋の屋根架構に似て、架構に用いられた木材の寸法は、合理的な寸法を大きく超えている。挽き割って小さな材にして架構を作ろうとするような”経済合理性”は求められていない。
想像するに、当主の持ち山にあったいわくつきの大木だったのか、あるいはどこかから運ばれてきて当主に購入を求めるほどの由緒があったものではなかろうか。
これらは、今の言葉でいうところの ”流通材” では全くない。今は推し量ることが困難だとしても、それぞれの材のそれぞれの様々な由来、唯一性、ひょっとしたら拒絶できない因縁さえも当主や大工、職人は受け入れたのではないか。この架構が出来上がったときには、皆が屋根裏を見上げて、おおいに感嘆したことだろう。...とうとう山が下りてきた...
果たして、今の建築作法にこのような感情は時代遅れだろうか?いや、来年の大阪万博の木材架構の「リング」に私が全く釈然としないのも、こんな感情から来ている。
単価と数量、本数と大きさ、そんなデジタル指標でもって計画し実行する、そして材の由来など気にもかけない。こんなこれまでのような意識をもってこれからも社会を運営していくのか。これは何も建築に限ったことではない。
こんなことをフラットに考えられる機会を設けるのが、経済減衰期のこの国で開催される万博の使命ではないのか。
さて、この石谷家はOrigamic Architectureの茶谷先生の奥様の生家であるそうで、Origamic Architectureがいくつも展示されていた。
なつかしい。
20240808
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秋田には今も白井の建築がいくつか残されている。東京に住んでいた時期に行きそびれたままだったので、数年前の雪の少ない冬の終わりに、秋田を巡ることとなった。 四同舎。名前の由来は不勉強ゆえ知らない。 白井晟一の作品群の中でも、どちらかといえば扱いの少ないものの一つと思う。現代的に言え...

















































