20070623

Kleihuesの白スタッコ

イヌイットには雪を表わす言葉が20種類以上あると聞く。雪に馴染まなければならない生活が、それらの微妙な差異やおそらくは雪に対する彼らなりの感情を伴った表現を見つけさせて、そして命名されたのだろう。

その一方で、米国人はわかめや海苔や昆布を食べないからだろう、それらは海草seaweedで括られてしまうらしい。


外壁や内壁を、いわゆる白で塗装する際に、ほんの少しだけ黄や赤を混ぜて現場で調色し、色見本を何種類か作って色決めをすることがしばしばある。漂白したような白が白々しくて(文字通り?)、あまり好きではないからかもしれない。先のブログで書いた書籍「日本の伝統色」では、牡蠣ガラから作った「純白」と言う色があったらしく、その色見本は穏やかで、静かな白である。言い換えれば、穏やかさ、静けさを伝えてくれる白である。色見本はただの印刷物であるからテクスチャーなどまったく無い。しかし、うまくは説明できないのだが、この「純白」は何かのテクスチャー(肌理)を連想させるよう強いているように感じる。



ベルリンで訪れたHamburger Bahnhof Museumは、Josef Paul Kleihuesによる駅舎の改築である。他の彼の作品にはほとんど興味はもてないのだが、この作品には自然で無理の無い穏やかな空間を感じ、その収蔵作品への興味もあって、冬のベルリンの一日を楽しんだ。

駅舎の鋳造鉄骨、花崗岩の床、アルミニウム、木製の床など、各室のスケールは大きく、テクスチャーそのままが表現されているが、この内部空間はピリピリしていず、非常に心地よい。外光を大事に扱って、かつ、ブルータルになっていないのは素晴らしかった。Donald  Juddの作品群がここに居場所を見つけたように、ちゃんと納まっていた。



大きな壁面の大部分はいわゆる白のスタッコなのだが、おそらく何か特別な調色をしたのだろうと感じた。日本に戻って調べてみたら、この白スタッコは特別に作られた白スタッコであり、Kleihuesは原料や製造工程まで気にかけたらしい。



ああ、巨匠はやるなあ、と素直に自省した。


20070621

顔/ファサード

 


長女が生まれてすぐ、やっと光を見つめることが出来るようになった頃だったと思うが、私の顔を見るのではなく、私の手の指やその影を彼女の視線が追いかけていることが多かった。彼女の外界の、すぐそばにいる何らかの存在を私の指が代表している、いや、指そのものが独立した生き物というふうに感じていたのかもしれない。生まれたての赤ん坊に、どの程度の意識や視力、外界に対する不安があるのかは、まったくわからないが。

「相手の顔をみて挨拶をしなさい」と両親に言われて育って、また同じように、私は娘たちにそんなふうに言ったと思う。一般的には、顔がその人という存在のインデックスだと習慣的に思っているし、「顔はその人の人生を...」なんてことも言われる。

顔は、その人の内面や感情の起伏を窺い知るには、もっとも情報量の豊富な器官ではあろうが、その人の内面と、その人の顔から想起する内面の不一致に戸惑うこともしばしばである。

フランシスベーコンの一連の奇怪な顔は、彼なりの顔という不思議な器官へのオマージュなのかもしれない。彼は、怒りも笑いも憎しみも表現できる日本の能面について、どんなふうに感じていたのだろう。



20070614

オキーフの色/抽象

ジョージアオキーフの絵の、その色使いというのだろうか、我々のまわりの世界を聖なるものとして感じさせてくれる。描くものは、現実に存在する自然や静物ではあるが、写実を目指した色ではなく、色使いによる抽象とでも言えるのだろうか。


仕事柄、建築の色決めを数多く行うが、日本の塗装屋さんがいつも使う、日本塗料工業会の色見本には、いつもいつも思うことだが、「いい色」が無い。

塗料が今の工業製品では無く、自然の鉱物や植物から作られた江戸時代の色見本とその色の名前の由来を教えてくれる書籍「日本の伝統色」は、しばしば重宝する。どのページを見ても、「いい色」ばかり。また、色の名前の由来も面白い。

数百万色を用いた広告や映像に囲まれた私たちのこの時代は、現実の自然の色をカラーコピーとして模倣する技術を獲得したのかも知れないが、色の中にも貴賎があり、かつて貴い色があったこと、その貴い色にしか名前が無かったことを思い出させてくれる。

大学時代に御世話になった、坂倉建築研究所の故西澤氏が、海外で手に入れたデュポンの色見本を現場に持ち込んで色決めをしていたと聞いたことをなつかしく思い出す。

 


錦鯉の里_小千谷市