ある大学の設計演習の講評会で、西沢立衛の森山邸のような散逸されたプランが散見されると聞いた。なにかさらさらと肩の力を抜いて気軽にスケッチできそうに見えて、気分がアタラシイ。森山邸は集合住宅であるようだが、個人住宅としては山本理顕の岡山の住宅が最初であろうか。ただ、私にはともに図と地の対比にしか見えない。
西澤文隆の「コートハウス論」にはpekarangaと表記されたインドネシアの民家のプランが見つけられる。上記の日本の作家のプランが図と地のパーセンテージを真似たのかと思わせるほどに、ゲンダイテキである。プランを絵とすると、顕微鏡で一滴の湖水を覗いた像のように、透明な幾つものプランクトンが、ふわふわ浮かんでいるかのようなそんな絵である。
pekarangaは観光地たるバリ島の市街地にも数々残り、表通りから少し入って住人の敵視の眼を気にしなければ、いくつも見ることが出来る。200坪くらいの敷地に、平屋建の木造の建物がそれこそ散逸的に、ひょっとすると無作為にかもしれない、そんなふうに置かれている。しかし、残った地の部分、つまり庭には、ヒンズー教にまつわる彫像や祠、毎日供えられる花などがあふれかえり、建物群が決して支配的ではなく、そこにはよそ者である私にはわからない時空間の濃淡がある。つまり、観者による分析的な図と地の境界を、充溢しているなにものかの濃淡が徹底的にあいまいにしている、敵対的にではなく、素直に。
モダニズム理論のある側面は"空間として"境界付けることであるのは間違いない。とすれば、モダニズムの空間はpekarangaに充溢しているなにものかとは共存し得ないのかもしれない。モダニズムにとっての、おぞましきものなのかもしれない。作家にとってはとりわけおぞましきものなのかもしれない。