20090117

Los Angeles その2

ヨーロッパ言語のうち、ラテン系の言葉、たとえばスペイン語、フランス語では、歴史という意味の言葉に物語という意味が大きく付与されている。歴史は人間が定義する、勝者のための歴史、などなど日本でも理解されていると思う。

しかし、ある時代のある人が、過去の歴史を身のうちに引き受けて、模倣、捏造、改造、破壊、とにかく結果は問わないとして、自分の生きた時代を何かでもって表現する。このことに今の日本人は無頓着ではないか。いや、20世紀後半の他のアジアはもっとひどかった。

ヨーロッパでいつも感じたことは、いくばくかの西洋人が、自分の生きた証として、いわゆる芸術を求めているという、そのことである。何も、いつもハイアートで無くてよい。ポップでもよい。衣食住のように必要とする人たちが、数多くいるのである。




ケーススタディハウスはデザイン論としては、カリフォルニアに花咲いたモダニズム、ミッドセンチュリースタイルだろう。けれど、あれらを欲した当時のニッチは、彼らの両親の世代以上に豊かになり、彼らの両親が愛した様式を拒絶したと考えるべきではないか。







pacific parisadesにあるEames house、Veniceの小さな通り(Strongs drive)の、趣味のいい住宅群。いかにも遊びなれた、人生を楽しみ慣れた人たちの家だった。Malibuもそう。決して建築家的なアヴァンギャルドではないが、そのハイスタイルではない趣味のよさ、ハイスタイル志向のより強いヨーロッパとは異なる自由さ。

普通に格好いい、とこんなときにこそ使うのでしょうか?考えること、あまりに多かった。


たそがれ時にF.O.Gehryの自邸近くを歩く。こんなにどっしりした風格のある(言葉が見つからない)住宅だとは知らなかった。数日後、GehryのWalt Disney Hallと、KahnのSalk Instituteを見るのだが、私のKahnに対する印象が大きく変わった。


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